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第6章 王国の分裂 PK 426

「ソロモンはその先祖と共に眠って、父ダビデの町に葬られ、その子レハベアムが代って王となった」(列王紀上11:43)。 PK 426.5

レハベアムは王位につくと間もなく、シケムへ行き、そこで全部族から正式に認められることを期待した。「すべてのイスラエルびとが彼を王にしようとシケムへ行ったからである」(歴代志下10:1)。 PK 426.6

集まった人々の中に、ネバテの子ヤラベアムがいた。このヤラベアムは、ソロモンの治世の時代に、「非常に手腕のある人」として知られていた。そして、シロ人である預言者アヒヤは、「見よ、わたしは国をソロモンの手から裂き離して、あなたに10部族を与えよう」という驚くべき言葉を彼に与えていたのであった(列王紀上11:28、31)。 PK 426.7

主は、彼の使命者によって、王国分裂の必要性について、ヤラベアムに明言されたのであった。この分裂は起こらなければならなかった。主は次のように言われた。「それは彼がわたしを捨てて、シドンびとの女神アシタロテと、モアブの神ケモシと、アンモンの人々の神ミルコムを拝み、父ダビデのように、わたしの道に歩んで、わたしの目にかなう事を行い、わたしの定めと、おきてを守ることをしなかったからである」(列王紀上11:33)。 PK 426.8

さらにまた、王国の分裂はソロモンの治世が終わ る前には起こらないことが、ヤラベアムに指示されていた。主は次のように言われた。「しかし、わたしは国をことごとくは彼の手から取らない。わたしが選んだ、わたしのしもベダビデが、わたしの命令と定めとを守ったので、わたしは彼のためにソロモンを一生の間、君としよう。そして、わたしはその子の手から国を取って、その10部族をあなたに与える」(同11:34、35)。 PK 426.9

ソロモンは神の預言者が預言した危機を賢明に乗り切るように、彼の選ぼれた後継者、レハベアムの心を準備したいと望んだのであったが、その幼少期の訓練がはなはだしくおろそかにされた彼の息子の心に、善に対する強力な建設的影響を及ぼすことができなかった。 PK 427.1

レハベアムはアンモン人の母から優柔不断の特質を受けついだ。彼は神に仕えようと努力し、ある程度の繁栄が与えられたこともあった。しかし、彼は断固として立たなかった。彼はついに、幼少の時から彼をとりまいていた悪い影響に負けた。ソロモンが異教徒の女たちと結婚したことが、レハベアムの生涯の失敗と彼の最後の背信という恐ろしい結果を招いたのである。 PK 427.2

部族の人々は以前の王の圧政下において、苛酷な取り扱いに苦しんだ。ソロモンが背信した時の濫費は、人々に重税を課し、彼らから多くの労役を要求するに至らせた。新しい王の戴冠式を行うに先立って、部族の中の主立った人々は、ソロモンの息子がこれらの重荷を軽くする心構えがあるかどうかを尋ねた。「そこでヤラベアムとすべてのイスラエルは来て、レハベアムに言った、『あなたの父は、われわれのくびきを重くしましたが、今あなたの父のきびしい使役と、あなたの父が、われわれに負わせた重いくびきを軽くしてください。そうすればわたしたちはあなたに仕えましょう』」(歴代志下10:3、4)。 PK 427.3

レハベアムは、政策を発表する前に、助言者たちと相談したいと思って、「3日の後、またわたしの所に来なさい」と言った(同10:5)。それで民は去っていった。 PK 427.4

「レハベアム王は父ソロモンの存命中ソロモンに仕えた長老たちに相談して言った、『あなたがたはこの民にどう返答すればよいと思いますか』。彼らはレハベアムに言った、『あなたがもしこの民を親切にあつかい、彼らを喜ばせ、ねんごろに語られるならば彼らは長くあなたのしもべとなるでしょう』」(同10:6、7)。 PK 427.5

しかし、レハベアムは、それには満足せずに、青少年のころ交わった青年たちに向かって言った。「この民がわたしにむかって、『あなたの父がわれわれに負わせたくびきを軽くしてください』というのに、われわれはなんと返答すればよいと思いますか」(列王紀上12:9)。青年たちは、彼が王国の民を厳格にあしらい、彼のしたいと思うことを何にも妨害されるつもりがないことを、初めから明らかにするように進言した。 PK 427.6

レハベアムは、至上権を行使できるということに心がおごって、王国の長老たちの勧告を無視して、青年たちを彼の助言者にすることに決めた。こうして、決められた日が来て、「ヤラベアムと民は皆」、彼の施政方針を聞こうとして、レハベアムのところにきた。すると、レハベアムは、「荒々しく民に答え、……彼らに告げて言った、『父はあなたがたのくびきを重くしたが、わたしはあなたがたのくびきを、さらに重くしよう。父はむちであなたがたを懲らしたが、わたしはさそりをもってあなたがたを懲らそう』」(同12:12~14)。 PK 427.7

もしレハベアムと未経験な彼の助言者たちが、イスラエルに関する神のみこころを理解したならば、彼らは国家の行政に決定的改革を求める国民の要求を聞き入れたことであろう。しかし、シケムの集会においてやってきた好機に際して、彼らは、原因から結果を推論することをしなかった。こうして、彼らは多くの人々に対する彼らの影響力を永久に弱めてしまった。ソロモンの時代に始まった圧政を継続し、さらにそれを重くするという彼らの決意の表明は、イスラエルに対する神の計画とは正反対のものであった。そして、それは人々に彼らの動機の真実性を疑わせる十分 な理由であった。王と彼が選んだ助言者たちは、この愚かで無慈悲な方法で権利を行使することにより、自分たちの地位と権威を誇ったのである。 PK 427.8

主は、レハベアムが宣言した政策を実施することをお許しにならなかった。各部族の中にはソロモンの治世の圧政的政策に十分目覚めた人々が幾千とあった。そして彼らは、今や、ダビデの家に反逆するほかには道がないと考えた。「イスラエルの人々は皆、王が自分たちの言うことを聞きいれないのを見たので、民は王に答えて言った、『われわれはダビデのうちに何の分があろうか、エッサイの子のうちに嗣業がない。イスラエルよ、あなたがたの天幕へ帰れ。ダビデよ、今自分の家の事を見よ』。そしてイスラエルはその天幕へ去っていった」(列王紀上12:16)。 PK 428.1

レハベアムの軽率な言葉が作った裂け目は、とりかえしのつかないものとなった。この時以来、イスラエルの12の部族は分裂し、ユダとベニヤミンの部族が、レハベアムの統治のもとに南のユダ王国となり、北方の10部族はヤラベアムの統治のもとに、別のイスラエル王国を建設して、それを保っていった。 PK 428.2

こうして、王国の分裂を預言した預言者の言葉は成就したのである。「これは…主が仕向けられた事であった」(同12:15)。 PK 428.3

レハベアムは、10の部族が彼に対する忠誠をひるがえしたのを見て、行動を起こした。彼は「徴募の監督であったアドラム」という有力者をつかわして、彼らをなだめようとした。しかし、平和の使節の受けた取り扱いは、レハベアムに対する彼らの感情をあらわしたものであった。「イスラエルが皆、彼を石で撃ち殺した」のである。こうした強烈な反逆に驚いて、「レハベアム王は急いで車に乗り、エルサレムへ逃げた」(列王紀上12:18)。 PK 428.4

「ソロモンの子レハベアムはエルサレムに来て、ユダの全家とベニヤミンの部族の者、すなわちえり抜きの軍人18万を集め、国を取りもどすために、イスラエルの家と戦おうとしたが、神の言葉が神の人シマヤに臨んだ、『ソロモンの子であるユダの王レハベアム、およびユダとベニヤミンの全家、ならびにそのほかの民に言いなさい、「主はこう仰せられる。あなたがたは上っていってはならない。あなたがたの兄弟であるイスラエルの人々と戦ってはならない。おのおの家に帰りなさい。この事はわたしから出たのである」』。それで彼らは主の言葉をきき、主の言葉に従って帰っていった」(同12:21~24)。 PK 428.5

レハベアムは、3年の間、彼の治世の最初に起こった苦い経験から利益を得ようと努めた。彼のこの努力は、順調に進んだ。彼は、「ユダに防衛の町々を建てた」。「彼はその要害を堅固にし、これに軍長を置き、糧食と油とぶどう酒をたくわえ、……これを非常に強化し」た(歴代志下11:5、11、12)。しかし、レハベアムの治世の初期におけるユダの繁栄の秘訣は、このような方策によったのではなかった。ユダとベニヤミンの部族を優位に立たせたのは、神を最高の支配者として認めたことであった。 PK 428.6

多くの神を恐れる人々が、北方の部族の中から、彼らの数に加わった。「またイスラエルのすべての部族のうちで、すべてその心を傾けて、イスラエルの神、主を求める者は先祖の神、主に犠牲をささげるために、レビびとに従ってエルサレムに来た。このように彼らはユダの国を堅くし、ソロモンの子レハベアムを3年の間強くした。彼らは3年の間ダビデとソロモンの道に歩んだからである」(同11:16、17)。 PK 428.7

このような道を歩き続けることが、レハベアムの過去の誤りの大半のつぐないをなし、彼の賢明な統治力に対する信頼を回復する機会であった。しかし霊感の筆は、ソロモンの後継者が、主に忠誠をつくすために強力な影響を及ぼさなかったという悲しい記録をとどめている。彼は生まれながら強情で、自己を過信し、わがままで、偶像礼拝を好んだのであったがもし彼が神に心から信頼したならば、強い品性と堅い信仰と神の要求に服従する精神を啓発させることができたのであった。しかし、時が経過するにつれて、王は地位の権力と彼が建てた要害を頼りにするようになった。彼は、徐々に、生まれながらの弱点に鮮ついに、全く偶像礼拝の側に力を注ぐようになった。「レハベアムはその国が堅く立ち、強くなるに及んで 主のおきてを捨てた。イスラエルも皆彼にならった」(同12:1)。 PK 428.8

「イスラエルも皆彼にならった」という言葉は、なんと悲しく、なんと深い意義を持っていることだろう。周囲の国々に対する光として神が選ばれた民が、力の根源から離れて、周囲の国々と同じようになろうとしていた。ソロモンと同様に、レハベアムの悪影響も、多くの人々を神から離れさせた。悪にふける者は、今日においても、程度の差こそあれ、彼らと同じであって、悪行の影響は、それを行った者だけにとどまらない。誰1人として、自分だけで生きていないのである。また、誰1人として、その罪のなかで1人で死なない。どの人の生涯も、他の人々の道を明るく楽しいものにする光となるか、それとも、失望と破滅をもたらす暗いみじめな影響力となるのである。われわれは、他の人々を幸福と永遠の生命に向上させるか、それとも、悲哀と永遠の死へと堕落させるかのどちらかである。 PK 429.1

そして、われわれが自分たちの行為によって、われわれのまわりにいる人々の悪の力を強めて、活動を起こさせるならば、われわれは、彼らの罪にあずかるのである。 PK 429.2

神はユダの王の背信を罰せずにはおかれなかった。「彼らがこのように主に向かって罪を犯したので、レハベアム王の5年にエジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上ってきた。その戦車は1200、騎兵は6万、また彼に従ってエジプトから来た民は……無数であった。シシャクはユダの要害の町々を取り、エルサレムに迫って来た。 PK 429.3

そこで預言者シマヤはレハベアムおよびシシャクのゆえに、エルサレムに集まったユダのつかさたちのもとに来て言った、「『主はこう仰せられる、「あなたがたはわたしを捨てたので、わたしもあなたがたを捨ててシシャクにわたした」』」(歴代志下12:2~5)。人々は、神の刑罰を侮るほど、はなはだしい背信におちいってはいなかった。彼らは、シシャクの侵入によってこうむった損害の中に神の手を認めて、しばらくの間へりくだった。彼らは「主は正しい」と言った。 PK 429.4

「主は彼らのへりくだるのを見られたので、主の言葉がシマヤにのぞんで言った、『彼らがへりくだったから、わたしは彼らを滅ぼさないで、間もなく救を施す。わたしはシシャクの手によって、怒りをエルサレムに注ぐことをしない。しかし彼らはシシャクのしもべになる。これは彼らがわたしに仕えることと、国々の王たちに仕えることとの相違を知るためである』。 PK 429.5

エジプトの王シシャクはエルサレムに攻めのぼって、主の宮の宝物と、王の家の宝物とを奪い去った。すなわちそれらをことごとく奪い去り、またソロモンの造った金の盾をも奪い去った。それでレハベアム王は、その代りに青銅の盾を造って、王の家の門を守る侍衛長たちの手に渡した。……レハベアムがへりくだったので主の怒りは彼を離れ、彼をことごとく滅ぼそうとはされなかった。またユダの事情もよくなった」(同12:6~12)。 PK 429.6

しかし、苦難が取り除かれて国家がもう1度繁栄すると、多くの者は恐怖を忘れて、ふたたび、偶像礼拝におちいった。この人々の中にレハベアム王自身もはいっていた。彼は、襲って来た災難によって、へりくだりはしたけれども、この経験を彼の生涯の決定的転換期としなかったのである。彼は神が彼に教えようとなさった教訓を忘れ、国家に刑罰をもたらした罪に逆もどりしてしまった。「主を求めることに心を傾けないで、悪い事を行った」とあるこの数年の不名誉な年月の後で、「レハベアムはその先祖たちと共に眠って、ダビデの町に葬られ、その子アビヤが彼に代って王となった」(同12:14、16)。 PK 429.7

レハベアムの治世の初期に起こった王国の分裂によって、イスラエルの栄光は去り始め、ふたたび元の輝かしさを回復することはなかった。その後の幾世紀間において、時には道徳的価値と遠大な識見をもった王が、ダビデの位につき、これらの王たちの時代にユダの人々に与えられた祝福が、まわりの国々にも及んでいった。時には、主のみ名が他のすべての神々よりもあがめられ、神の律法は尊敬された。時折、大いなる預言者が現れて、王たちの手を強め、忠誠を維持するように国民を激励したのである。しかし、レ ハベアムが、王位についた時に、すでに芽生えていた悪の種は、完全に抜き取ることができなかった。そして、時には、かつては神に恵まれた民であったものが、異教徒間の物笑いになるほどに堕落するに至ったのである。 PK 429.8

しかし、偶像礼拝に走った人々のかたくなさにもかかわらず、神は、彼らをあわれんで、分裂した王国が、全滅におちいらないように、全力をつくされた。そして、月日が経過し、サタンの勢力に動かされた人々の策略によって、イズラエルに対する神の計画が全く挫折したように思われた時にもなお、神は選民の捕囚と回復とによって、神の恵み深い計画をあらわされたのである。 PK 430.1

王国の分裂は驚くべき歴史の糸口に過ぎず、そこに、神の忍耐と豊かな憐れみが示された。神が良いわざに熱心な選びの民をご自分のものとして聖別しようとしておられる人々は、彼らの先天的後天的悪への傾向のために、通過しなければならない苦難のるつぼにおいて、ついに、こう認めるのである。 PK 430.2

「主よ、あなたに並びうる者はありません。あなたは大いなる者であり、あなたの名もその力のために大いなるものであります。万国の王であるあなたを、恐れない者がありましょうか。……万国のすべての知恵ある者のうちにも、その国々のうちにも、あなたに並びうる者はありません」。「しかし主はまことの神である。生きた神であり、永遠の王である」(エレミヤ10:6、7、10)。 PK 430.3

そして、偶像礼拝者たちは、偽りの神々が、人を高めることも救うこともできないという教訓をついに学ぶのである。「天地を造らなかった神々は地の上、天の下から滅び去る」(同10:11)。 PK 430.4

人々は、生ける神、万物の創造主、万物の統治者に忠誠をつくすことによってのみ、休みと平安を得ることができるのである。イスラエルとユダの懲らしめを受けて悔い改めた人々は、ついに声を合わせて、彼らの先祖の神、万軍の主と彼らの契約関係を更新するのであった。そして、彼らは、こう宣言するのであった。 PK 430.5

「主はその力をもって地を造り、 PK 430.6

その知恵をもって世界を建て、 PK 430.7

その悟りをもって天をのべられた。 PK 430.8

彼が声を出されると、 PK 430.9

天に多くの水のざわめきがあり、 PK 430.10

また地の果から霧を立ちあがらせられる。 PK 430.11

彼は雨のために、いなびかりをおこし、 PK 430.12

その倉から風を取り出される。 PK 430.13

すべての人は愚かで知恵がなく、 PK 430.14

すべての金細工人は PK 430.15

その造った偶像のために恥をこうむる。 PK 430.16

その偶像は偽り物で、 PK 430.17

そのうちに息がないからだ。 PK 430.18

これらは、むなしいもので、迷いのわざである。 PK 430.19

罰せられる時に滅びるものである。 PK 430.20

ヤコブの分である彼はこのようなものではない。 PK 430.21

彼は万物の造り主だからである。 PK 430.22

イスラエルは彼の嗣業としての部族である。 PK 430.23

彼の名を万軍の主という」。 PK 430.24

(同10:12~16) PK 430.25