Go to full page →

大いなる贖罪の日 GCJap 480

こうした務めが毎日、一年中を通じて行われた。イスラエルの罪がこうして聖所に移され、そして、それを取り除くために特別の務めが必要であった。そこで、神は、聖所の各部屋のために贖いをすることをお命じになった。「イスラエルの人々の汚れと、そのとが、すなわち、彼らのもろもろの罪のゆえに、聖所のためにあがないをしなければならない。また彼らの汚れのうちに、彼らと共にある会見の幕屋のためにも、そのようにしなければならない」。また、贖罪は、祭壇にも行われるべきで、「イスラエルの人々の汚れを除いてこれを清くし、聖別しなければならない」(レビ記16章16、19節)。 GCJap 480.2

一年に一度、大いなる贖罪の日に、大祭司は聖所を清めるために至聖所に入った。そこで行われた務めによって、一年間の務めが完了した。贖罪の日に、二頭のやぎが幕屋の入り口に連れてこられ、くじが引かれた。「一つのくじは主のため、一つのくじはアザゼルのため」(同16章8節)。主のためのくじに当たったやぎは、民のための罪祭としてほふられた。そして、大祭司は、その血を幕の中に携えていき、贖罪所の上と贖罪所の前に注がなければならなかった。血は、幕の前の香壇にも注がなければならなかった。 GCJap 481.1

「そしてアロンは、その生きているやぎの頭に両手をおき、イスラエルの人々のもろもろの悪と、もろもろのとが、すなわち、彼らのもろもろの罪をその上に告白して、これをやぎの頭にのせ、定めておいた人の手によって、これを荒野に送らなければならない。こうしてやぎは彼らのもろもろの悪をになって、人里離れた地に行くであろう」(同16章21、22節)。アザゼルのやぎは、もはやイスラエルの宿営に帰っては来なかった。そして、やぎを連れ出した人々は、宿営に帰る前に、水で身をすすぎ、衣服を洗わなければならなかった。 GCJap 481.2

この儀式全体は、神が聖であられて、罪をいみきらわれることを、イスラエルの人々に深く感じさせるよう意図されていた。そして、さらに、罪に触れるならば必ず汚れることを、彼らに示すものであった。贖罪の業が進行している間、すべての者は、身を悩まさなければならなかった。 GCJap 481.3

仕事をすべてやめて、イスラエルの全会衆は、厳粛に神の前にへりくだり、祈り、断食し、心を深く探って一日を過ごさなければならなかった。 GCJap 481.4