Go to full page →

推薦の言葉 PP 3

文学博士 関根文之助 PP 3.1

日本のキリスト教が、いま、どうしても、しなければならないことのひとつは、聖書についてのよい書物を、1冊でも多く、刊行するということだと、思っている。 PP 3.2

こうしたとき、本書が刊行されることを、まず喜びたい。 PP 3.3

日本に、キリスト教の根をしっかりと、おろさせるためには、なんと言っても、聖書を日本人に与えることであるが、そのためにはどうしても、聖書についての適切な書物を紹介しなければならない。 PP 3.4

聖書が、口語訳になったからと言って、それで、聖書が、よくわかるということにはならない。むしろ、口語訳になって、いっそう、聖書を読むために、座右に備えるところの書物が、必要になってきたとさえ、言いうるのである。 PP 3.5

というのは、日常のことばで、聖書が翻訳されたことによって、かえって、やさしくなったことばの背後にあるところの意味というものを、さらによく、そして、深く、解明しなければならないからである。 PP 3.6

そのためには、日本人によって、書かれたものも、もちろん、たいせつなことだが、やはり、外国書のよい翻訳ということは、まず考えられて、しかるべきことだと考える。 PP 3.7

そして、聖書について、とくに日本人に読んでほしいのは、旧約聖書であるが、本書は、きわめて簡明に、旧約聖書の中心思想を、よく各章にまとめている。しかも、ただ聖書の記事解明ということだけではなく、あくまでも、読者が、そのポイントを把握できるように、配慮されている。だから、読者は、聖書のものの見かた、考えかたというものを、とらえることができるのである。 PP 3.8

いま、日本の教育は、正しい歴史観ともいうべきものを求めている。正しい歴史観というものの確立がないかぎり、精神的な基盤というものは、その形成を見ることが、すこぶる困難である。 PP 3.9

旧約聖書は、人類の書として、正しい歴史観を与える。そして、それは、単なる人間の歴史観ではない。じつに神の歴史観なのである。 PP 3.10

福音社は、これまでも、いろいろと、聖書、そして、キリスト教についてのよい外国書の、しかも、よい翻訳を刊行してこられ、日本のキリスト教出版界に、ユニークな分野を開拓してこられたが、このたび、さらに本書を加えられたことに対し、心からなる敬意を表するとともに、本書が、教会における、また、家庭における、そして、学校における聖書研究のテキストとして、かならずや役だつであろうことを思い、大いなる期待と、貢献とを祈るものである。 PP 3.11

昭和46年新春 PP 3.12